仕事における悩みって、大体が人間関係に帰着することはほとんどだ。
どうも自分は猪突猛進の傾向があると、最近自覚し始めた(いや、前から薄々自覚はしていたが・・・)。
勢い良く行動するのは大切だとは、今でも思う。
でも自分にこれから必要なのは「対話する力」であるように考えている。
結局、どんなに画期的な、先進的なアイディアや技術があっても、それを組織で取り組むためには、組織としての合意が必要だ。
自分だけ良ければいい、というのは尖っているように見えても、それは子どもなだけなのかもしれない。
ということで、この本をポチってみた。
なぜ「わかりあえない」という事態が生じるのか
表紙には出てこないが、この本のキーワードは「対話」である。
著者の専門は経営学であるが、教育でも対話の重要性はよく耳にする。
対話は「構成主義」という考えから出てきたアプローチである。
構成主義は、「それぞれが自分の中に意味を構成していること」と考える立場である。
その意味は、文脈によって規定される。
だから同じ現象に遭遇しても、それぞれ文脈、本書でいうナラティブ(わかりやすくいうと、どのようにに生きてきたか、どんな環境で生きているのか)が異なるから、解釈の仕方も当然異なるのである。
本書のタイトルにもなっているように、それゆえに「わかりあえない」ということが生じるのである。
なぜ「対話」なのか
本書では対話を
溝を明らかにして、橋をかけていくこと
としている。
先ほど述べたように、異なるナラティブを私たちは生きている。
それゆえに、同じ状況でも解釈の仕方は人それぞれである。
その解釈のズレから「溝」が生まれるのである。
よく「あの人は頭がかたい」「だからこの組織はダメなんだ」といったような批判がある。
しかしこれは、溝があるが故に生じている可能性が高い。
もしかしたら、頭がかたいと言われている人は、のっぴきならない状況にあるのかもしれない。
批判しても何も変わらない。
対話を試み、双方の溝に橋をかける努力をまずはするべきである。
本書の表現を借りれば、戦うのではなく、戦わないために何ができるかを考えることが大切だ。
対話の弊害
対話でよく言われるのが、対話と妥協は何が違うのか、と筆者は述べる。
対話しようとすることは、相手に媚びることではなく、また妥協することでもない。
双方にとって、ベストな道をともに探すプロセスが対話である。
そのため、自分の意見もしっかり伝え、相手の意見も受け入れる。
時に衝突するかもしれないが、それでも最後は同じ方向を向く。
対話すると言うことは、ただ仲良くするということではない。
まとめ
なぜ人間関係の悩みが生じるのか。
それは、少なくとも自分の中に理想があるからだと、筆者は述べる
「いやいや、自分にはそんなものはないよ」という人もいるかもしれない。
それで悩みがないのなら良いかもしれないが、悩んだりストレスを感じている人は、なんらかの理想があるはずだ。
じゃないと悩まない。
でも自分の意見をただ通そうとしていては、それこそ自分が将来「あの人は頭が硬いよな〜」「あの人の考えは古い」なんてことを言われかねない。
ナラティブのちがいを自覚し、どうすれば橋をかけることができるのか。
そんなコミュニケーションがとれれば、より仕事にやりがいを持って頑張れる気がする。