前回の記事では、アクティブラーニングについて書いた。
今回はアクティブラーニングの代表格?ともいえるグループワークについて考えてみたい。
実践の科学
「看護学」という学問の性質を表している言葉である。
看護が自己満足で終わっては何の意味もない。
患者にとって最適なアウトカムを引き出さなければならない。
その性質故、実践が重んじられる学問であると認識している。
そのため技術教育に力を入れているのが看護の特徴だ。
技術教育は通常の教育と違い、「身体で学ぶ」ことが必要である。
ではどうすれば良いのだろうか。
「自転車に乗る」ことを思い浮かべてもらいたい。
どうやって体得しただろうか?
テキストを開いて、自転車運転技術に関する知識を理解することから始めた人はいるだろうか?
まずはトライすることから始めた人が大半ではないだろうか。
技術を身につけるということは、通常の学習とは性質が異なる。
「自転車を漕ぐ」という知識を知っているのと、「実践できる」には大きな差があるのは皆さんも同意するところだろう。
漕ぐだけでなく、例えば「道が凸凹していないか」「周りに人はいないだろうか?」といった安全に配慮しなければならないことにも気づくだろう。
これらはトライしたからこそ得られた知識だ。
何が言いたいのか。
技術教育において重要なのは、良い意味での「遊び心」「試行錯誤」が大切なのである。
説明を長々と聞いてから実践しなければならないのだろうか。
技術教育においてよく取り入れられるのが、グループワークである。
グループワークでは、自分以外の「異質な他者」が存在する。
他者と協働して学習することで、個人学習では気づけない学びや発見が得られる。
そして知的枠組みが拡張する。
これぞグループワークの強みである。
こうした学習においては、これまでの「学習観」を変えていかなければならないのかもしれない。
従来はおおざっぱに言えば
説明→話し合って→やってみる→改善点をチェックする
これからは
状況に引き込まれる(前回の記事を参照)→Try→他者の意見→自己の行動・考え方と他者の意見を整理する→知的枠組みが拡張する
言語として認識するよりは、感覚的といっても良いかもしれない。
みなさんが印象に残っていることってどんなことだろうか?
例えば、初恋の人に振られたとか…
それって言語的というより、感覚的に覚えていることではないだろうか?
人の持つ感覚に訴えかける。
そんな教育が必要なのではないだろうか。