今回読んだ本はこちら。
過去に村上龍の小説は「限りなく透明に近いブルー」など、いくつか読んでみようとしたのだが数分後には本を閉じていた。
過激な描写が多く、それが自分には合わないのかもしれない。
ただ、「愛と幻想のファシズム」は自宅の本棚に眠っており、何故かふとした瞬間に視界に入っていた。
数年ぶりに読んでみようと思えたので、再びチャレンジしてみようと手に取った。
そしたらなぜかスラスラと読むことができ、ついには上・下巻とも読破してしまった。
忘れないうちに備忘録を残しておく。
ざっくりと内容を整理すると、スズハラトウジというカリスマによって設立された政治結社「狩猟社」が、巨大組織の「ザ・セブン」を相手にしのぎを削る…そんなストーリーである。
読み終えた今の感想は「存在の根本を揺さぶってきたな・・・」という感じだ。
主人公は元々ハンターで、その出自がアイデンティティに大きく影響している。
主人公は昔の百姓・奴隷を心底嫌っている。
嫌っているというより、辟易している。
そこに後にパートナーとなるゼロとカナダで出会い、帰国後に政治結社を設立するわけだ。
冒頭では「ザ・セブン」としのぎを削るなんて表現をしたが、このブログを主人公が読んだら、確実に潰されるだろう。
思うに、主人公はザ・セブンはさほど眼中になく、ハンターとしてターゲットを追っているだけであり、今の世界に対して、人間に対して強い嫌悪感を抱いている。
この舞台となったのは1980年代で、現在は2022年。
随分と時間は経ったが、今の世界を主人公が見たらどう思うのだろうか。
やはり幻滅するのか。
ますます奴隷化が進んだのか?
「ザ・セブン」は今でいう「GAFAM」のような気がしてならない。
主人公の強さは、周りがどうであろうが、自分の中で絶対的な…いや、野生的な本能が研ぎ澄まされており、理屈云々ではなく「目覚めろよ」というメッセージを類稀な表現で大衆を扇動する。
ゼロは最終的に自殺し、文字通り「ゼロ」となった。
彼の存在は主人公にとって、どんな存在だったのだろうか。
理屈ではよくわからないが、忘れかけていた本能のようなものを、嫌でも感じさせるエネルギーに溢れた小説だった。